モディリアーニの命式を読む

前回は美術界のスーパースターだったピカソでしたが、今回はそのピカソすら憧れたという夭折の天才モディリアーニの命式を見ていきます。いやあ、いいですよモディリアーニ。本物はもちろん見ていますが、絵から出る生々しいオーラが違います。ぶっちゃけピカソより好みです。

 

1884年7月12日09:00生まれ

日干は癸です。小山内式に言えば印(金)と財(火)の隣接なので、食傷(木)か官殺(土)が巡って来れば通変の調和が成立します。旺の逆転をすれば、年支の蔵干は丙になり、月支は癸で身強になります。身強になります。なので、日干を強くする五行が巡って来れば心身のバランスを崩しやすいです。

実際は、壬申の大運の15歳の時に肺結核に侵されています。以降もずっと後遺症で苦しんでいます。その後、27歳まで金と水の五行が続きますから、大量の飲酒や薬物に依存することが多かったようです。これも強い五行をもっと強くする作用になって、五行易で言えば太過で過剰摂取ということです。また金は肺系統、水はお酒を意味しますから、アルコール中毒の意味にもなります。

28歳から甲戌の大運に入って月干の印(金)と大運の食傷(木)が揃って、通変の調和が起きます。印と食傷の調和はオリジナリティを発揮します。実際、32歳から35歳までに集中的に代表作が創作されています。ただし、小山内式の大運では戌の蔵干が辛ですから体調面が不安なままです。

32歳の大運から戌の蔵干は戊に変わります。戊は官殺で時干の財(丁)と通変の調和が起きます。これは社会的に作品が認められていきます。実際32歳である1916年には、ポーランド人画商のレオポルド・ズボロフスキーと専属契約を結んでいます。

33歳の時に運命の人であるジャンヌ・エビュテルヌと出会い同棲を始めていますが、元々病弱だったのと長年に渡るアルコールの大量摂取や薬物依存の影響で、35歳の時に結核性髄膜炎で亡くなっています。本来ならもう少し生きていれば、ダブルの通変の調和で社会的に成功できたと思います。

ここでジャンヌ・エビュテルヌの命式を見てみたいと思います。

1898年4月6日20:00生まれ

モディリアーニの命式と比べてみると、モディリアーニが芸術家として成功する為に必要な木(食傷)と土(官殺)の五行があります。また、干合も多いです。甲と己、丙と辛、戊と癸がそれです。そして配偶者の場所である日支の亥が一致しています。蔵干には壬があり、モディリアーニの時干の丁とも干合します。

 

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