石田徹也の命式を読む(三柱)

前回は夭折の画家ジャクスン・ポロックでしたが、今回は現代日本の夭折の天才画家石田徹也の命式を読んでいきたいと思います。なぜポロックの後に石田徹也なのか?ということですが、命式の組み合わせが似ているからです。あ、現代日本の夭折の画家といえば、黒坂麻衣も忘れないでください。彼女も天才です。

 

1973年6月16日生まれ

夏生まれの癸です。周りは官殺で助けがありません。なので金と水が欲しい五行です。しかし、ずっと火の五行が巡り続けて、本人的には辛い行運です。癸は月干の戊と干合しています。癸と戊の干合は火に変わると言われます。月柱の戊は強く火は財です。となれば周りの抑圧的な環境に自分を変化させて、生き残るしかないです。

救いは年柱の癸丑です。蔵干には癸があり本人に根になるものです。また丑は未(己乙丁・木の墓)を冲するもので本人の才能が詰まった箱を開けるものです。癸は本人が移動するとも考えられ、丑(金も入っているので本人の精神世界)に逃げ込むしかないです。なので、絵の世界に打ち込むしかなかったのでしょう。

シュルレアリスム的で、暗く抑圧的な傾向があり、セルフポートレイト系の画風です。これも官殺と財が強い作用を起こしていると思います。周りの強い五行に合わせ過ぎて現実世界が嫌になるのです。また丑は水と合するので、暗い場所、トイレ、地下室、工場、不思議などの意味があって、絵でもこれらのテーマは良く表れます。

19歳の丙辰の大運で、辰は土の五行なのですが湿った土なので水を剋する力は弱いです。蔵干に食傷である乙が巡ってきて創作には適した時期です。22歳(乙亥)で「3.3㎡展」のグラフィックアート部門でグランプリを受賞したのを皮切りに頭角を現します。

23歳から乙卯の大運です。これも食傷が巡ってきて創作活動が捗ります。しかし、卯は官殺を剋するのですが、日干が弱いということでかなり消耗も激しくなります。また月支の午はもともと年支の丑と‪相穿‬となり丑を壊すもので、卯は午と相破になり午の力を弱めて有利です。実際この時期にVOCA展奨励やいくつかの賞を受賞するなどしています。

31歳から卯の蔵干が甲に変わります。甲は陽の食傷であり土を剋する力は強いのですが、日干の癸の消耗がより激しくなります。表現の為に自分をかなり追い込んだのでしょう。甲は同時に本人の救いである丑をも‪剋してしまいます。2005年5月23日(乙酉年辛巳月丁未日)に踏み切り事故で亡くなりました。

 

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