クールベの命式を読む

今回は写実主義の創始者であるクールベの命式を読んでいきたいと思います。

 

1819年6月10日午前3時生まれ

夏生まれの己です。もともと湿った土の性質なので、夏の暑さで干からびそうです。時干にも丙があり、日干が乾きやすくなるので水(財)が欲しい五行になります。小山内式に見れば印(火)と食傷(金)が隣接していますから、もともと自由人で優れた独創性を発揮しやすいです。しかも傷官が二つですから、かなり激しい性格で権威に反抗しやすくなります。

クールベは19世紀フランス絵画において、写実主義(レアリスム)運動を率いたことで知られています。自分が実際に現実で見たものだけを描き、宗教的な伝統的な主題や前世代のロマン主義的幻想絵画を否定しました。金が食傷なので、冷徹なものの見方が出きるタイプです。また金は革新を意味して、食傷は表現自体であり、伝統主義の否定につながり写実主義を志向しやすくなったと考えられます。

1840年代後半(20代後半・丁卯の大運)から1850年初頭(30代前半・丙寅の大運)にかけての作品からクールベは注目されはじめます。それまでに前例のない貧しい農民や労働者の姿を描いてコンペに出品したり、理想化されたものではない普通の女性のヌード絵画を描き、当時は常識を逸脱した前衛的な画家とみなされています。火の五行は印で印と食傷の通変の調和があり、独自性を追求したのでしょう。また同時に官殺が巡ってくる為、有名運が上がりやすくなる時期でした。

1855年(36歳・乙卯・丙寅の大運)のパリ万博で私費で個展を開きます。『画家のアトリエ』と『オルナンの埋葬』を出品しようとしたが展示を拒否されたため、博覧会場のすぐ近くに小屋を建て、自分の作品を公開し、戦闘的に写実主義を訴えます。この個展の目録に記されたクールベの文章は、のちに「レアリスム宣言」と呼ばれることになる重要な年です。また当時は画家が自分の作品だけを並べた「個展」を開催する習慣はなく、この作品展は、世界初の「個展」だとされています。

1960年以降(41歳〜乙丑の大運)の作品はほとんど政治的特色は見られないようになり、風景画、裸体画、海洋風景画、狩猟画、静物画が中心となります。ヌード絵画の最高潮ともいえる1866年(47歳・丙寅)の『世界の起源』を発表して美術界に衝撃を与えます。これは日支の酉から見れば、丑が華蓋(内面的な関心)になり、丑自体にも淫らという意味がありますから、エロティシズムの追求という形になったのでしょう。

51歳から甲子の大運です。正官と正財が揃うので社会的な関わりを意味し、左翼の活動家としても積極的に活動し始めます。しかし、過激になり過ぎて1871年(52歳・辛未)にはパリ・コミューンに関与し、6ヶ月間投獄されてしまいます。この年は未で己にとって羊刃であり、地支の木(官殺)の方局が揃い、日干を剋する力が強くなります。

釈放後は莫大な賠償金の支払いから逃れるため、1873年(54歳・癸酉)からスイスへ亡命します。これは年干に己があり本人が移動するともみれます。地支の卯は日支から見れば空亡であり、冲する地支で応期になりました。4年後の1877年(58歳・丁丑)にそのままスイスで亡くなりました。日支の酉は年支から見れば空亡です。食傷が空亡で丑は金の墓であり、寿命を表して亡くなったのでしょう。

 

 

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