諸口悦久実占録(一)を読み解く⑨

諸口悦久実占録(一)も9回目になりましたね。今回は貸した金が返ってくるかの占例です。

 

 

(※参考大なり)

・この卦財星用神。未、辰の二つあり。

未は日辰を持ち、辰は空亡に入る。また辰は月破にあたる。

本占法にては、無疾を捨て有疾を執(と)るのが法則なり。故に、辰土三爻を用いる。主象となす。

貸した金が返ってくるかどうかですから、妻財を用神とします。

妻財は再現して月日に旺じて強いですが、辰土が空亡で月破です。

卦に辰土と未土があるので、有病(有疾)である月破の辰土を用神とします。

 

・いま土は戌月に旺じて有気。加うるに、日辰も未土。まことに用神多現の象なり。

・而(しか)して卦中寅木忌神、子水仇神の生助を得て、動き来たりて用神を剋す。

・これのみにては一見、この不可の如き観なきにしもあらざる様なれど、用神は空避し、また忌神、日辰の墓に入るを以って、無用の財にはあらず。

・即ち、休‪囚‬無気の忌神、旺相の用神を剋すること不可能なり。

二爻に忌神である兄弟寅木と仇神の父母子水が発動しました。

これを見ればお金が返ってこないと判断しそうですが、用神は辰土は空亡で剋を避けて、忌神は日の墓に入って休‪囚‬無気であり、旺相の妻財を剋することが出来ないのでお金は返ってきそうです。

 

然るに貸金の入手の応期を定める法、まことに多象なり。

・用神多現、または大旺なるものは、その入墓の日に事が応ずるの則あり。

また空亡、月破なるものは、空を出て、合日、填実日に応ずるものあり。

また忌神入墓の日に応ずるものあり。冲、絶、剋の日に応ずるものあり。ここに至りて応期を定めるを得ず。

この場合の応期の可能性として、

①用神が再現(多現)で太過(大旺)になるので入墓の日

②空亡で月破になるので、相合する日(酉日)、填実(辰日)する日

③忌神が入墓する日。冲、絶、剋する日

があるので、多すぎて具体的な応期は判断しなかったとあります。

 

 

最初は出空、填実の日ならんと思いしに、この日は来らず。

ここに於いて忌神冲、絶、剋に逢う申の日ならんと思いて、やがて電報来たりて、申の日(十月二十七日)過ぎて、己酉日(十月二十八日)に来ると連絡あり。

果たして酉の日、酉の刻無事金入手せり。

最初は空亡が明ける日か填実(辰日)の日かと思ったが、その日は来なかった。

その後、忌神が冲されて絶や剋になる申の日になると思ったが、電報が来て申の日(10月27日)は過ぎて、己酉日(10月28日)に無事お金が手に入ったとあります。

占ったのは10月14日(戌月乙未日)で、10月28日に手に入ったのですから、お金が手に入るまで二週間ほどかかっていますね。

 

・因りて考えるに二十七日申日来らざるは、仇神子水、長生の日にて、仇神未だ一分の生気ありて死に徹せず。

・もしこの場合仇神動かざれば、申の冲去絶剋に逢い、用神生還するものなれど、仇神動くのではこの事も併せ考う可きことを悟らされたり。

・また酉の日には、用神月破の処、合に逢う日なり。

・この三儀、酉の日一致して、この朝最も重く獄中なる事を知ることを得るなり。

27日の申日に来なかったのは、仇神の子水が長生になってしまい、仇神がまだ一分の生気があり完全には死んでいない。

もしこの仇神が動爻でなかったら、申の冲去絶剋に逢って用神が生還するのだけれど、仇神は動爻なので、その事も併せて考えるのを悟った。

また酉の日は、用神月破で合する日になるとあります。

 

私の見方は少し違います。

妻財は再現していますが、辰土が空亡で月破で太過(大旺)ではありません。

応爻は金を貸した相手です。

兄弟が発動して返さなそうですが、発動して妻財辰土に変わって、お金を返す気はあります。

ただし、妻財辰土が月破で空亡なので少し時間がかかります。

用神が月破→応期は辰か酉、空亡→応期は冲か実になります。

用神がすでに月破なので、冲は取りません。

となると、候補は辰か酉になります。

辰土は月破+空亡で二重に不利なことで、この空亡中(甲午旬)には応期にならないです。

次の旬は甲辰旬で寅卯が空亡になるので忌神が空亡になり、なおかつ辰巳の空亡が正式に明けます。

じゃあなぜ、己酉日(28日)ではなくその前の甲辰日(23日)にお金が入らなかったかと言えば、世爻は妻財未土で辰土が入墓させてしまうのもあるし、忌神の寅木が発動して酉金は忌神を剋して弱めるので、己酉日が応期になってお金が入ったのでしょう。

ちなみに初爻の父母子水は知らせの意味で発動して電報が来たのだと思います。

 

 

 

 

 

 

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