うちの飼い猫の話・・六爻

前回の続きです。

エサ、家、毛布などの写真を燃やして、あの世に送った私は、少しホッとした気分になっていました。

 

 

でも、別に本当にあの世に送れなくても構いません。

実際確認のしようがありませんから、そんなことはどうでも良いです。

 

「オレの気が済めばそれでいい」と思ってます。

 

だって、もう現実には飼い猫は目の前にはいません。

触れないし、抱っこできないし、戯れることもできないし、鳴き声も聞くことができないし、毛づくろいしている時の気持ち良さそうな表情をもう二度と見ることができません。

 

とりあえず、何かやったという慰みが欲しかっただけです。

 

なんでこんな想いしてまで、この世界を生きなきゃならないのか、よくわからないですが、そうなっているのですから諦めるしかありません。

 

もし、生まれ変わったら再び会いたいとは思いますが、アイツは猫です。

もっと自由に生きたいでしょう。

元々、私が好きで飼ったわけじゃなくて、友人が勝手に連れてきたのです。

そんな縁ですから、自分の欲望のためにアイツの誇り高い魂を振り回したくありません。

でも、アイツが再び一緒にいたいと思っているならば、飼うのはやぶさかではないですが。

 

実際、占いはクソだと思います。

何故なら、生物はみな死ぬという宿命はいくら改善しても変えられないからです・・

 

・・まあいいです。

占いにも限界があるので、文句を言ってもしょうがありません。

 

 

写真を燃やした翌日の深夜のことです。

寝入り端に真っ白い少し毛の長いゴージャスな猫が枕元に立ち、甘えるように鼻を近づけてきました。

あまりの臨場感に飛び起きた私は「これは飼い猫ではないか」と強く感じました。

ですが、飼い猫は短毛の白黒斑なので、少しイメージが合いません。

でも、存在感が飼い猫そのものでした。

「ん?、もしかして来世の姿なのかな」と思って記憶に必死の留めようと何度もイメージを反芻し、その特徴をメモに残しました。

将来、どこかで見かけた時に確認するためです・・

 

・・頭がおかしいと思われるかも知れませんが別にどうでもいいです。

頭がおかしくないと、運なんかと対峙できないですから。

死ぬまでこの地獄で好き勝手にやりきるだけです。

アイツみたいに。

 

 

ただ地獄を進む者が 悲しい気持ちに勝つ

『地獄でなぜ悪い』 星野源

 

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