脳内独り言36(瞑想と空亡)

瞑想中・・呼吸に集中しながら、思考は自ら思考して自分はただその思考を眺めているだけ・・この状態は癒されるんですよねー、かなり。思考を観察しているとその思考のキッカケになるイメージや言葉がいかにランダムに意識上に浮かび上がってくるか実感できます。無意識がいかに意識に認識されたがって必死にアピールしているのでしょう。

 

もちろん、その無意識からのシグナルに反応せず、ただただ観察していれば、そのシグナルは次第に消滅していきます。しかし、占い、ブログのネタ、アイデア、解決策などの何か答えを求めていた時はその限りではありません。その浮かび上がってきたシグナルを捕まえて思考を進めていきます。その思考の中で気づきを得ながら、ノートやメモに書き写していきます。意外とこれが面白いですし、うっかり忘れていたこともふと思い出すこともあって便利です。

 

自分というのは、もともとは周りの環境(認知、肉体を含む)に形作られるものであり、実態を持っていません。証明しろって言われても目の前に出して証明できないでしょう?。自分が自分と認識しているものはすべて錯覚だということです。これは、世爻という概念からもわかります。ある時は父母が入っていたり妻財が入っていたり、火であったり水であったり、三爻にあったり五爻にあったり、青龍があったり勾陳があったりして変化していくものです。世爻は入れ物であり、ただのポイントみたいなものです。

 

もし空亡であれば、その自分という認識すらないということです。ここから悟っているという概念が導き出されます。でも、空亡の概念の最上位が『悟り』だとしたら、上位の概念が『こだわらない』『飄々とする』『悪いことが無くなる』であり、下位の概念が『無い』『不安』『さみしさ』『自信が無い』『持っていない』『失う』などになります。では、風水だとどういう意味になるのでしょうか?空亡ですから、欠けている、凹み、穴、空間、漏れる、使用できない、使っていない、廃棄物、ガラスなどになります。これらは爻位や五行や六親によっても意味合いが違ってきますので注意してください。

 

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