モンドリアンの命式を読む

今回もまた芸術家になります。モンドリアンは好きな画家の一人です。なぜなら抽象絵画を追及したからです。占いもそうですよね。五行易や四柱推命は十干十二支を使いますから、漢字という記号を使って様々な運気を読み解いていくという事で、まるで抽象絵画を見て「何が描いてあるのか?」と考える過程に似ています。またモンドリアンの具象から抽象に至る道程を見ると、古代人が自然の様々な事象を記号化していった過程と似ていて非常に面白いです。

 

で、極限まで線と色を単純化した結果の後、抽象のまま再び有機的な世界になっていきます。絶筆なんて完全に五行の世界です。

また、モンドリアンはブラヴァツキー夫人の提唱した神智学にハマっています。要するにオカルトです。なので、この世界に隠された真実の追及に命を捧げたのでしょう。

1872年3月7日6:00生まれ

 

モンドリアンは冷たい抽象と呼ばれますが、命式もその通りです。日干は癸で水の五行が多く、火の五行がありません。春生まれの癸で、水源である庚辛が透干するのを喜びます。年支に申があるのでそれが救いです。申は印綬ですから伝統的な教えということで、宗教系にハマりやすいです。なので神智学に興味を持ったのでしょう。

盲師派で見れば、水と木の勢いがあるのですが、制御する火や乾いた土が見当たりません。なので、もともと欲しいものが中々手に入らないという意味になります。若い頃は延々と火の五行が巡り、中々苦労が多い人生です。ただ、苦しいながらも創作は続けられていますから、本人的にはそんなに悪くなかったかも知れません。なぜなら一般の仕事ではなく芸術家だからです。

49歳から戊申が巡ってきます。実際この頃はパリに住んでいた頃で、一般的に知られるモンドリアンの作風が花ひらいてます。以降も金の五行が巡ってきて、勢力的に創作していきます。66歳で第二次世界大戦の影響でパリからロンドンに移住。68歳にニューヨークへ移住して直接的には戦争に巻き込まれていません。これも金の影響でしょう。

69歳から庚戌の大運に入ります。70歳から作品が激変します。1942年の《ニューヨーク・シティ》は、赤、青、黃の線が複雑に垂直交差した作品で、以前よりも線の数が多くなり、深みを増し有機的に変化しています。これは天干に初めて庚が巡ってきた影響でしょう。73歳から大運の蔵干が変わります。74歳に風邪を拗らせ肺炎で亡くなりました。

 

四柱推命のおすすめ本

 

 

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